シェルブールの雨傘

お気に入り度 ★★★★☆

こんな話

港町シェルブールで愛を語り合う若きカップル、傘屋の娘ジュヌヴィエーヴと自動車修理工ギイ。しかし、ギイはアルジェリア紛争に徴兵される。悲しみにくれながらも、出兵前夜、ふたりは結ばれた。母とふたりで営む雨傘店の窮状を助けてくれたのは、宝石商のカサールだった。

思ったこと

オープニング、雨がそぼ降る港町を行き交う色とりどりの雨傘に、すっかり心をつかまれる。
全編を彩る美しい色彩と詩情あふれる音楽。
すべてのセリフが歌でつづられるので、もしかしてちょっと飽きちゃうかもという懸念も杞憂に終わった。
一瞬一瞬が美しい、珠玉の映画でした。
哀切なテーマ曲が耳に残る・・・。

Deneuve02_3カトリーヌ・ドヌーヴが演じるのは、17歳のジュヌヴィエーヴ。
迫力満点の近寄りがたい美人女優さんのイメージだったが、こんなに若くて初々しいときもあった!
つつましい恋に心震わせる、庶民的な傘屋の娘役、いじらしいな〜。
それにしても、恋人ギイが出征したら、けっこうすぐに次の決断しちゃったよね・・・。
10代にとっての2年間って永遠にも等しく感じるのかしら。
今の私には、2年間なんてたいして長くないけど・・・。

ジュヌヴィエーヴの母、エムリー夫人は、若いふたりの結婚に反対する憎まれ役だが、まぁ〜「若すぎる!」と反対する気持ちはちょっと分かるよね。
この人、ずばずばとデリカシーのない発言が多いけど、にくめない。
表情豊かに、傘屋経営の窮状を訴える様はおもしろいし。
実はカサールのことを好もしく思っていたんじゃないの〜?と、ちょっとやきもき。
なんか自分、若いふたりではなくて、すっかりこっち側に来てしまったということを実感・・・。

インテリアやファッションを見るのも楽しい!
ギイと伯母さんの住む部屋は、オリーブ色の壁に赤いカーテン、目の覚めるような空色の壁。
ジュヌヴィエーヴ母子の家は、緑とピンクのストライプ、ピンクが効いてる薔薇や木苺の壁紙と、ピンク基調。
こんなに鮮やかな色をいくつも使っていながら、全体が落ち着いた調和を保っているのは、さすがおしゃれの国フランスと言うべきか。
真似したい〜でも絶対失敗しそうだな・・・。

シェルブールの雨傘
Les Parapluies de Cherbourg/The Umbrellas of Cherbourg

(1964年 フランス/西ドイツ)
監督・脚本/ジャック・ドゥミ
音楽/ミシェル・ルグラン
出演/カトリーヌ・ドヌーヴ(ジュヌヴィエーヴ)
   ニーノ・カステルヌオーヴォ(ギイ)
   アンヌ・ヴェルノン(エムリー夫人)
   マルク・ミシェル(カサール)
   エレン・ファルナー(マドレーヌ)
   ミレイユ・ペレエ(伯母エリーズ)
声/ダニエル・リカーリ(ジュヌヴィエーヴ)
  ジョゼ・バステル(ギイ)
  クリスチャンヌ・ルグラン(エムリー夫人)
  ジョルジュ・グラネス(カサール)
公式サイト

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バシールとワルツを

お気に入り度 ★★★★☆

こんな話

アリ・フォルマンは、20年前にレバノン戦争に従軍していたときの記憶がほとんどなかったが、当時のことを悪夢にみるというボアズの話をきっかけに、フラッシュバックを体験した。ベイルートで虐殺事件が起きたとき自分は何をしていたのか・・・当時の仲間らを訪ねて話を聞き、だんだんと記憶を取り戻していく。

思ったこと

い、犬! 犬コワ〜イ!
目が爛々と光り全身に怒りをたぎらせた26匹の犬たちが、あらゆるものを蹴立てて、こちらに向かって走ってくる!
チワワにさえびくびくしてしまう私は恐怖にひきつると同時に、アニメーションの躍動感にがっちりと捕らえられてしまったオープニングだ。
そして、なぜ“26匹”なのか、という理由に強いインパクトを与えられたときから、主人公の心の迷宮へと一緒に出発することになる。

リアルで細密な背景のなか、彩色した木版画みたいな質感の人物が動き喋るアニメーション。
実在らしき人物が次々と出てくるし、内容としてはシリアスなドキュメンタリーなのだけど、何故アニメという表現方法なのか・・・昔の戦場を回想していく方式で、心の中に存在しているものまで含んだ映像を描き出すこと、凄惨な光景を一歩引いて冷静に見られるようにすること、が目的なのかな〜と思った。
冒頭の犬をはじめとし、幻想シーンは怖く美しく、アニメ的な快楽も十分味わえる。
タイトルの元にもなっているシーンは圧巻だ!

1982年、イスラエル軍はレバノンに侵攻してPLO(パレスチナ解放機構)と戦った。
そしてベイルートのサブラ・シャティーラ難民キャンプで、ファランヘ党により民間人を含む大量虐殺事件が起こる。
バシールとは、親イスラエルだが暗殺されてしまったレバノンのバシール・ジェマイエル大統領のことだ。
私は歴史背景を全然分かってないまま観たのだが、ところどころ理解が追いつかないところがあっても、全体的にはグッと集中力をつかまれたままだった。

語り手で監督でもあるアリ・フォルマンは、自分の記憶が消えている謎を探っていく。
そこから何が出てくるのか・・・とてつもなく怖ろしいものが隠れているのではないか・・・でも知らないままではいられないミステリーだ。
人間の記憶って本当に不思議。

断片的に語られていくエピソードが、戦場体験がそれぞれの心に刻印したものをうかがわせる。
家族連れが乗ったベンツを蜂の巣にした男の話。
自分だけが生き残ってしまったことに罪悪感を抱き続ける男の話。
周りの光景に対して映画を見ているかのように距離を置き自己防衛していたカメラマンが、あるとき悲惨な状況にある馬たちを目にして、いきなりすべてが現実として迫ってきたという話・・・。

戦争という異常な場では、強者に見えるほうもひどい恐怖と混乱に陥っている。
被害者になるのももちろんイヤだけど、自分がいつ加害者側に回るかも分からない、直接の加害者にならなくとも傍観者や幇助者になっているかもしれない・・・という恐ろしさをひしひしと感じた。
イスラエルって、女性にも徴兵があるんだよねぇ・・・。
こんなことは感じたくない、だから、だから戦争のない世界をひたすら願うしかない。

バシールとワルツを
Vals im Bashir/Waltz with Bashir

(2008年 イスラエル/フランス/ドイツ)
監督・声/アリ・フォルマン
声/ロン・ベニ・イシャイ
  ロニー・ダヤグ
  ドロール・ハラジ
  イェヘズケル・ラザロフ(カルミ)
  ミッキー・レオン(ボアズ)
公式サイト

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モンゴル

お気に入り度 ★★★★☆

こんな話

モンゴル遊牧部族のハーンの息子として生まれたテムジン(後のチンギス・ハーン)は、父イェスゲイを毒殺され、仲間や財産を奪っていったタルグタイには命を狙われ、妻ボルテはメルキト族にさらわれ、西夏国で奴隷として囚われる・・・と数々の辛酸をなめる。しかし何度でも立ち上がり力をつけたテムジンと、幼い頃からの盟友(アンダ)ジャムカが決着をつける日がやってきた。

思ったこと

浅野忠信はすんごいモンゴルの人みたいだった!
モンゴル語の発音が正しいのかどうか分かりようもないが、違和感なく同化しているように見える。
幽閉されているときの、能面のように無表情で鬼気迫る顔、土壁みたいな皮膚が記憶に焼きついた!
このパートは監督の創作だそうで、当然見たことも聞いたこともないテムジンの状況に、え?どうなるの?と、ちょっととまどいつつもわくわくしたよ。
しかし、『蒼き狼 地果て海尽きるまで』といい、自国の英雄を日本人に演じられてしまうのって、モンゴルの人たちにとってどうなんだろう・・・?

ストーリーはスピーディーに展開しダイジェスト的にさくさくと進むが、迫力のある風景や撮影のおかげで、物足りなさを感じさせない。
広大な草原に砂漠、巨大な岩、どこまでも広がる空・・・。
ロケはモンゴルだけでなく、カザフスタン、中国の内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区などで行われたらしい。
いつかきっと行ってみたいな。

物語は、少年テムジンが父イェスゲイとともに嫁探しに行くところから始まる。
モンゴル族における良い妻を選ぶポイントとは「顔が平らで、目が細く、足が丈夫であること」なんだって。
うん、なんだか私でもいけそうな気がしてきたぞ・・・。
「ひとめで妻と分かった」だなんて、お・と・こ・ま・え〜!
キュンときてしまったよ! 9才のまん丸顔の少年に。

テムジンは、よっぽどボルテのことが好きだったんだね〜。
なんか常にボルテのことを考えている。
すべてを奪われ命まで狙われてても、考えていることは「嫁を迎えに行かなきゃ」だし。
さらわれたボルテを取り返すため、盟友ジャムカに「モンゴル人は女のために戦などしない」とか言われつつも、強引に嫁奪還の協力をとりつけるし。
牢の中から告げる言葉も「これを・・・ボルテに渡してくれ・・・」。
大人になったボルテの容貌は、ディズニー映画『ムーラン』を思い出させた・・・んーエキゾティック。
メルキト族にさらわれている間に生まれた子供ふたりを見て、「今日から俺が父だ」と躊躇無く告げるテムジン、ふところ深〜!
9才と10才で出会い、身ひとつの貧乏になっても、殺されそうになっても、異部族や異国に囚われても、とにかく互いを求め続けるテムジンとボルテ。
シンプルな気持ちだからこそ強いのか・・・その一途さがうらやましい。
しかしテムジンはこの後何人もの妻をめとるはずだが・・・。

ジャムカとの決戦は、スペクタクル的に盛り上がった!
二刀流の騎馬武者たち、悪役っぽい黒い鎧で容赦なく突進する・・・カッコイー!
弓矢隊がずらっと姿を見せたところにも興奮!
ごく間近な視点から撮っているため何がどうなっているのか分かりにくいときも多いが、その血なまぐささと混乱が戦の迫力を増す。
でもねでもね、身ひとつだったテムジンがいったいどうやってこれだけの軍団を集めることができたの〜??
その部分は省略してはいけなかったんじゃ・・・。

モンゴル
Mongol

(2007年 ドイツ/ロシア/カザフスタン/モンゴル)
監督・脚本/セルゲイ・ボドロフ
出演/浅野忠信(テムジン)
   スン・ホンレイ(ジャムカ)
   クーラン・チュラン(ボルテ)
   アマデュ・ママダコフ(タルグタイ)
   バー・セン(イェスゲイ)
   アリヤ(ホエルン)
   オドニャム・オドスレン(少年時代のテムジン)
   バエルトセッセグ・エルデンバット(少女時代のボルテ)
   アマボルド・チェムシンバラール(少年時代のジャムカ)
公式サイト

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いのちの食べかた

お気に入り度 ★★★☆☆

こんな話

私たちが毎日食べている野菜、果物、肉、魚・・・これらの食料が生産されている現場の映像を、淡々と積み重ねていくドキュメンタリー。

思ったこと

普段口にしているさまざまな食料がどのように作られているか、その現実の様子を見る機会ってそうそうない。
せいぜい、近所にある小さな畑とか家庭菜園、観光牧場や工場見学、おいしい食材を紹介する雑誌やTVなどの風光明媚な田んぼや畑の景色・・・。
だけど、当然のごとく、現代の食料生産の現場はもっと効率的でシビア。
既に知っている当たり前のことのようでいて、“生産工場”と表現するのがぴったりの光景をたたみかけるように見せられると、食欲が失せていき、あれがおいしいこれがおいしいとか言いつのる現代日本のグルメ全盛ぶりが本当にばからしいことのように感じられてくる。
やっぱ単に知識として頭で分かっているのと目で見るのとは違うなぁ(本当は直に見られるともっといいんだろうけど!)。
決して楽しい気分にはならないが、この世界に生きる一人として、観ておく価値があると思います。
時折挿入される、ごく普通の人々の決して豪華ではない食事風景・・・食事って本来こういう淡々としたものなんだよね。

ヒヨコって、とーってもカワイイ。
小さくて黄色いフワフワの姿もピヨピヨの鳴き声も奇跡のようにカワイイ存在。
そんなヒヨコも、チキンや卵産みマシーンになるために生まれ、モノのように扱われてベルトコンベアーで運ばれていく。
小さな檻や暗い部屋の中にひしめきあっているニワトリたち。
もちろんブロイラーや鶏卵が素敵な環境で生産されていないということくらい知識としてあるんだけど、なんとなくつい絵本や食品パッケージに描かれるような牧歌的な農村風景のイメージを頭に思い浮かべがちだった私はバカじゃなかろうか。

パプリカやトマト、リンゴ、レタス・・・きっかり規格を揃えられた農作物がハウスにぎっしりと並ぶ。
でも収穫は人の手でやんなきゃいけないのね。
ニュージーランドを旅行したとき、ワーキングホリデーでフルーツピッキングをしている人がたくさんいたのを思い出した。
一瞬楽しそうな感じがするけど、低賃金の単純作業だからけっこう大変なんだよな。

広大な畑に、金属の長い腕が伸びて散水する様子は、巨大ロボットを連想させた。
大きな魚を正確な動きでさばいていく機械も、まるでそれ自体が意思を持っているかのよう。

雄牛から精子を採取する様子はなんかショッキング。
台に固定されている雌牛に誘導されて乗っかかっていく雄牛・・・なんかレイプみたいで直視できない感じ。
しかし横に控えてタイミングをうかがっている人にサッと精子を採られてしまって哀れなのだった。
それから、牛の横腹を切り開いて赤ちゃんを取り出している様子にもビックリ!
な、内臓が出てる〜!
母牛は平然と立っているように見えるんだけど・・・麻酔が効いているんだよね??

公式サイトに書いてあったけど、日本は食糧自給率が低いくせに、世界で最も多く残飯を出しているんだって。
私はもともとモッタイナイ精神にとらわれている人間なので、そういうこと聞くと非常に憂える気持ちがあふれてきてしまうんだけど、具体的に何をすればいいんでしょうね?
おいしいものはもちろん好きなんだけど、毎日おいしくなくてもいいから、もっと世界全体にバランスよくなるといいなぁと思います。
ひとまず、肉は、食べるのなるべくやめることにしよっと・・・。

いのちの食べかた
Our Daily Bread

(2006年 ドイツ/オーストリア)
監督/ニコラウス・ゲイハルター
公式サイト

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アース

お気に入り度 ★★★★☆

こんな話

およそ50億年前、小惑星が地球にぶつかったために地軸が23.5度傾き、地球上には四季の変化ができた。氷に閉ざされた北極の冬から、乾期のアフリカ、熱帯から南極の海まで、大自然と多様な野生動物たちの姿を最新の撮影技術でとらえたドキュメンタリー。

思ったこと

驚愕の映像美!
ダイナミックに、そして精細に、地球の大自然が写し取られていて、ポカーンと口を開けて観ているうち、あっという間に時間が過ぎていった。
もっとずっと観ていたかった〜。
いったいどのように撮影されたのか想像を絶する。
空中から、海中から、まるでカメラや撮影者が透明であるかのように野生動物がすぐ間近に。
季節が移り変わるにつれ、桜や広大な森がさーっと色づいていく様なんてアニメーションかと疑ったくらい。
画面がぶれない安定感を保ったまま、コマ落としで時の流れをとらえながら、アングルが変わっていくなんて、まるで神の視点のよう。

北極の長い冬が明けるところから始まり、雪の中の穴からホッキョクグマの母子が出てくる。
仔グマのかわいらしさに悶絶・・・!
ああー子供ってどうしてこんなにかわいいんだろう・・・どんな生物でも小さいときは愛らしいのか・・・と一瞬考えたけど、虫の子供はまったくもってかわいくないな。
確か子供を無条件にかわいく感じる要素として、「丸っこい」「目が大きい」「頭が大きい」等々があったかと思うけど、虫の子供はこれらに当てはまっていても、ぜーんぜんかわいく思えないな(映画に虫はほとんど出てこないが、何故かそんなこと考えつつ観てた・・・)。

オシドリの雛たちの初飛行。
先に外に出た親が励ますなか、高い木の上にある巣から、雛たちが不器用な仕草で次々と飛び出てくる。
これが実に感動的でした。
目頭が熱くなった。
だってね、飛行というより、落ちてくるんだよ・・・!

ニューギニアの極楽鳥はヘン過ぎる!
神経質に掃除したり、奇妙な求愛ダンスを踊ったりする様子には、笑かしてもらいました。
雌にアピールする決めポーズがエイリアンちっく、鳥に見えない・・・世界はまだまだ知らないことだらけだと謙虚な気持ちになりました。

トナカイを追いかけるオオカミ、ゾウを狙うライオン、セイウチに襲いかかるホッキョクグマ、トムソンガゼルを捕らえるチーター・・・。
野生動物の食うか食われるかの場面では、どちらに感情移入するかで、随分気持ちが変わる。
逃げてっ!と思うか、腹減った、絶対食ってやるっ!と思うか。
追いつめられたトナカイやトムソンガゼルの、悟ったような表情が心に残る・・・(まあ人間の勝手な思い入れなんでしょうけど)。
その点、オットセイがイワシの群れに突っ込むのは、よーしどんどん食べろ!と安心して応援できるな。
ホオジロザメのジャンプも圧巻だ。

なかでも、水場に集うゾウの群れとライオンの群れの駆け引きにはドキドキした。
それぞれの目がアップで映され、「ゾウは人間と同じ程度にしか、暗闇でものが見えていない」「しかし、ライオンにはすべて見えている」・・・なんという緊迫感!

最後に地球温暖化の話などが語られるのだけど、エコのことをあまり考えると、破滅的な暗い考えにハマってしまうの。
再生紙とかエコバッグとかで「地球にやさしい」なんて満足してるのもアホくさいしな〜(せっせとやってますがね・・・)。
やっぱさー、地球環境をこれ以上壊さないためには、私たちは生活レベルを下げるしかないんじゃないでしょうか。

アース
Earth

(2007年 ドイツ/イギリス)
監督/アラステア・フォザーギル、マーク・リンフィールド
音楽/ジョージ・フェントン、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
声/渡辺謙(ナレーション)
公式サイト

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黒猫・白猫

お気に入り度 ★★★★★

こんな話

ドナウ川のほとりに暮らす博打好きのマトゥコは、ヤクザのダダンを誘って貨物列車強盗を計画するが、ダダンに騙されて失敗。借金のかたに息子ザーレと、ダダンの嫁き遅れの妹アフロディタとの結婚を約束させられてしまう。ザーレの恋人イダ、祖父ザーリェ、“ゴッドファーザー”グルガ、そして動物たちが入り乱れての大騒ぎが始まる。

思ったこと

常軌を逸しているハチャメチャなハイテンション・コメディ。
登場するのはロマの人々ばかりで、ほとんどが素人俳優なのだという。
枠に収まりきらない空気は、そういうところからもきてるのかも。

廃車をぼりぼりと食べる豚、樹にくくりつけられて演奏するミュージシャンたち、おしりで釘を抜く歌手、ひまわり畑で追いかけ合う恋人たち・・・一つひとつのイメージが独特で愛おしい。
前半のザーレは子供っぽくて頼りない男の子って感じだけど、イダとカップルになって、強引な結婚式やお祖父ちゃんの死にまつわる騒動を乗り越え、きりりと力強くなっていく。
イダのパンツを頭にかぶってにやける姿も、少年だとさわやか・・・ってこともないか!?

入院しているお祖父ちゃんザーリェを迎えに、ザーレがミュージシャンたちを連れて行く。
病室でいきなり演奏が始まり、「ムジカ!」と目を覚ますザーリェ。
なんて粋な贈りものだろう!
そのまま退院してしまう道中で、「人生は素晴らしい!」と叫ぶザーリェ。
しかし同じザーリェが、外の世界に出ていく孫の背中を押し「ここには太陽がない」と言う。
あまりに陽気なコメディ映画なので、浮世離れした人々が脳天気でお気楽に暮らしているのかと思ってしまったけど、厳しい現実が裏に隠れているということだろうか。

『ムトゥ踊るマハラジャ』を彷彿とさせるダダン。
顔も動きも異様なハイテンションもおもしろすぎるんですけどー!
アヒルで身体を拭くシーンは最高!
ダダンの末の妹アフロディタは背がすごく小さくて、渾名が“テントウムシ”。
むっちりとした体型で、顔はそばかすだらけ、癇癪を起こして暴れると手がつけられない。
井戸につけるってひどすぎ・・・拷問?
しかしこの子が妙にかわいらしいんだなー。
切り株の中に隠れて逃げるシーン、見つかって声をたてるシーン、コミカルでいて「良かったね良かったね」と心がほわっとします。

動物がいっぱい出てきて賑やかなのも楽しい!
タイトルにもなっている黒猫、白猫はもとより、アヒルの群れ、犬、ヤギ、豚などなど、動物たちが画面を縦横無尽に駆け回る。
“ゴッドファーザー”グルガの家の庭にもアヒルがグァグァ群れていてやけに牧歌的だし。
イダと結婚するために神父を銃で脅すザーレが、左手にはかわいいヒヨコを持っているのも、意味わかんないけどおもしろい!

それから、この映画の魅力の大きな部分を担っているのが、いきいきとしたジプシーミュージック。
あまりに心騒がせる音楽なので、サントラも手に入れちゃいました。

黒猫・白猫
Crna Macka, Beli Macor/Black Cat, White Cat

(1998年 フランス/ドイツ/ユーゴスラヴィア)
監督/エミール・クストリッツァ
出演/バイラム・セヴェルジャン(マトゥコ)
   フロリアン・アイディーニ(ザーレ)
   ブランカ・カティッチ(イダ)
   ザビット・メメドフ(ザーリェ)
   サブリー・スレイマーニ(グルガ)
   スルジャン・トドロヴィッチ(ダダン)
   サリア・イブライモヴァ(アフロディタ/テントウムシ)
   ヤサル・デスターニ(グルガの孫)

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やわらかい手

お気に入り度 ★★★★☆

こんな話

未亡人マギーの悩みは、難病で入院している孫オリーのこと。メルボルンまで行って手術を受ければ助かるかもしれないと医師に告げられるが、マギーにも、息子夫婦のトムとサラにもそんなお金はない。困ったマギーが見つけた仕事は、セックスショップで手を使って男をイカせるというものだった。

思ったこと

人間っていろんな可能性が残っているんだなー。
今まで仕事をしたことがなく、一般的にはリタイアするような年のマギーに、こんな才能があったなんて!
なんだか夢を感じる!?
最初はフツーのおばさんという風に見えていたマギーだが、とまどいつつも奮闘していくうちに、だんだんかわいらしく思えてくる。
「年増?さえない?そんな女は雇っていない」というミキの言葉が男前!

このシステム、ミキは「東京で見たのを真似した」と言うがホント!?
こんなん、あるの!?
最初は抵抗感いっぱいで逃げ出すマギーだが、決死の覚悟で頑張ることにし、だんだん慣れていったら平然と雑誌片手にできるくらいのルーティンに。
なんだか指圧マッサージとかと同じようなもんだと思えてきたよ!
壁の向こうに立つ男たちはコインを入れているが、それってけっこう安いということだよねぇ。
殺風景な仕事部屋に好きな絵や花を飾ったりするのが、“女の適応力”という感じで微笑ましい。
親切に仕事を教えてくれた同僚ルイザとは、年は離れているけど、心を開くことのできる友達に。
だのに、マギーが“イリーナ・パーム”として大人気となり、ルイザの仕事を奪ってしまったことで関係は壊れてしまう。
ここで安易な解決や仲直りができなかったことは、リアルな感じ・・・大人になってからの友情って、お金とか仕事、利害、そういうことにも左右されてしまう・・・悲しいけど。

息子トムの奥さんであるサラは背が高い美人だけど、マギーがオリーへのおみやげに持ってきたぬいぐるみを「困るわ」と取り上げたり、医者が手術のことを話すと「誰がお金を払うの!?」とすごんだり、いくらショックを受けているといえマギーと別れ際に挨拶しないどころか見もしなかったり、すんごく感じ悪い。
単に性格がキツイ人なのか、その理由はよく分からないんだけど、もしかしてトムがマザコンのせい?
トムがマギーの秘密を知って、あんなに激昂してしまうのは、マザコンだからなんだろうなー。
オリーのために大金が必要なのは確かで、既にそれはありがたくもらっているのに、母親が汚れた仕事をしているという思いに耐えられないのは、理屈じゃないんだろうなー。
お母さんにボーイフレンドができたと知ったとき、また怒って泣いちゃうんじゃないかと心配・・・。

やわらかい手
Irina Palm

(2006年 イギリス/フランス/ドイツ/ベルギー/ルクセンブルク)
監督/サム・ガルバルスキ
出演/マリアンヌ・フェイスフル(マギー)
   ミキ・マノイロヴィッチ (ミキ)
   ケヴィン・ビショップ(トム)
   シボーン・ヒューレット(サラ)
   ドルカ・グリルシュ(ルイザ)
   ジェニー・アガター(ジェーン)
公式サイト

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4分間のピアニスト

お気に入り度 ★★★☆☆

こんな話

刑務所でピアノ教師を務めているクリューガーは、問題児ジェニーに並々ならぬピアノの才能があることに気付いた。その才能を伸ばすことが使命だと感じたクリューガーは、ジェニーにレッスンをするよう熱心に働きかけ、コンクールに出場させる。

思ったこと

とんでもなくイヤミな婆さん教師と、凶暴で手に負えない少女受刑者の間に、不思議な心の通い合いが育まれる。

クリューガーの毒舌はとどまるところを知らない。
「(融通がきかない看守に)奥さんに逃げられるはずね」
「(刑務所長に)ナチスの強制収容所の所長と同じ」
「(ジェニーに)あなたはいやな人間だけど、才能がある」
に、にくたらしい〜・・・!

対するジェニーは、まだ幼さが残っているような容姿なのに、首を吊った同室の受刑者から平然と煙草を盗んで吸い、近づくもの皆に牙をむき、容赦なく暴れ回る。
まるで言葉の通じない野生動物みたい。

そんなジェニーのピアノは、美しい音楽というより、荒らぶる魂の叫びのよう。
後ろ手に手錠をはめられたまま、見せつけるかのようにピアノを叩き弾く様は圧巻だ。
しかしジェニーが好む躍動的なロック調の曲に対して、クリューガーは「低俗な音楽はやめなさい」と禁止する。
自分の信念に忠実なのは分かるけど、ちょっと融通きかなすぎじゃねー?
下手の横好きでピアノを熱心に練習してきて、クリューガーを慕っている、パグ犬みたいな顔のミュッツェ看守への態度も冷たいし。
そんなだからミュッツェがジェニーに意地悪したりするんだよー。
受刑者へのピアノレッスンは精神ケアの側面もあるだろうに、ちょっとその仕事、向いてないんじゃないのー?
これでは開く心も開けない・・・と思っていたが、重い過去をかかえている者同士、うまく生きられない者同士、通じ合うところがあるのかもしれない。
ジェニーがクリューガーになついて、一緒にダンスを踊るシーンは、じーんときました。

クライマックスの4分間は・・・実際に観衆として聴いていたら「うわーすげぇー!」とびっくりするのは間違いないが、どう評価したらよいものかとまどうかも・・・。
コンクールであんな演奏されたら唖然とするわな。
拍手をした皆さんは懐が深い。

そうそう、ウンコちゃんTシャツを着るクリューガー・・・という笑いどころもあり。

4分間のピアニスト
Vier Minuten/Four Minutes

(2006年 ドイツ)
監督/クリス・クラウス
出演/ハンナー・ヘルツシュプルング(ジェニー)
   モニカ・ブライブトロイ(トラウデ・クリューガー)
   スヴェン・ピッピッヒ(ミュッツェ)
   ヤスミン・タバタバイ(アイゼ)
   リッキー・ミューラー(コワルスキー)
公式サイト

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厨房で逢いましょう

お気に入り度 ★★☆☆☆

こんな話

天才シェフのグレゴアは、カフェのウェイトレスをしている主婦エデンに思いを寄せていた。エデンの娘レオニーを助けた縁で、グレゴアはレオニーに誕生日ケーキをプレゼントする。その上に載ったプラリネを口にしたエデンはグレゴアの味のとりことなり、夫クサヴァーが留守にする毎週火曜日、グレゴアの厨房を訪ねるようになった。

思ったこと

Chubo01天才シェフが料理に思いを込めるという内容から、さぞやおいしそうな食べ物が見られるんだろうな〜と期待していたんだけど・・・。
なんかダメ。
全然おいしそうに思えない。
フランク・エーラーとやらいう実力派料理人が実際に調理したらしいが、撮影がイマイチなのかなぁ〜、肉や魚は妙に生々しくグロテスク、全体的にヘンな色がかぶっている感じで、食欲をそそらない、つーかむしろ減退。
少年時代のグレゴアは妊娠している母のふくらんだ腹に憧れた・・・というエピソードはおもしろいが、むしゃむしゃ食べているのがチェーン店のピザなのはいただけない。
そんなもの食べて太って将来、天才シェフになれるのかい?
鴨の羽をむしり、頬ずりして「いい子だ、おいしくなあれ〜」などと語りかけているグレゴアは、天才の紙一重的な部分を表現しているのだろうが、単純にキモい、悪趣味と思ってしまう。
食材を噛みちぎったり、ぐちゃりと手でつぶしたり、ガチャガチャと回りにぶつかったりしてるような粗野な動作も、あまり有能な料理人に見えない。
グレゴアの料理に心奪われる人たちも同様で、がつがつとむさぼったり、皿をなめたりという品のない行動が見苦しい。
あまりのおいしさに我を忘れ・・・という好意的解釈をする気になれないのよ。

さらに、エデンの天然っぷりが癇に障る。
いきなり雨に濡れて現れて、グレゴアが迷惑そうにしているのに厨房に入り込み、図々しくも「味見させて」と頼み、グレゴアが席を外している間に鍋の料理まで食べ尽くす。
自分からディナーに招待しておきながら、昼寝してて、「作るつもりだったんだけど・・・」という白々しい言葉をはきつつ、冷蔵庫にはろくな食材が入っていない。
毎週押しかけて一流シェフの料理を当然のような顔をしてタダで食いまくり、グレゴアの気持ちは分かってても良さそうなのに、「私たち仲良しの友達よね!」と無邪気にのたまう。
お礼と称してデカ過ぎる植木をいきなり持ってくる。
厨房に犬を入れて喜ぶ。
純粋、天真爛漫と言えば聞こえはいいが、自分中心の傍迷惑女だよなぁ〜!!
自分は何をやっても許される、愛されると思ってる?
しかし、実のところ愛しちゃってるから、グレゴアの負けなのだ。
人生って理不尽よね〜。
そして、彼女の存在のおかげで、グレゴアの料理は凄みを増す。
人生って割り切れないわぁ〜。
このエデンを巡ってクサヴァーとグレゴアが人生を狂わすのだが、「世界一の美人」などと言われるほどのもんかぁ〜?
クサヴァーの行動がまた唐突に粗暴。
その前に夫婦でちょっと話し合いなさいよ・・・。
確かにエデンにはどこともいえない魅力があるのは認めるが、こんな女と結婚などしたら振り回されて、心安らかに生きていけなさそうだ・・・と思った。

厨房で逢いましょう
Eden

(2006年 ドイツ/スイス)
監督・脚本/ミヒャエル・ホーフマン
出演/ヨーゼフ・オステンドルフ(グレゴア)
   シャルロット・ロシュ(エデン)
   デーヴィト・シュトリーゾフ(クサヴァー)
   マックス・リュートリンガー(ルートヴィヒ)
   レオニー・シュテップ(レオニー)
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善き人のためのソナタ

お気に入り度 ★★★★☆

こんな話

1984年の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)の局員であるヴィースラーは、反体制の証拠をつかむため、劇作家ドライマンとその恋人である舞台女優クリスタの生活を見張るよう命じられた。盗聴器をしかけ、徹底した監視を続けるうち、ヴィースラーはドライマンたちの世界に共鳴していく。

思ったこと

ファンだ!
これはファンの物語だ!
っていうか、ストーカーかな・・・。

変態っぽいので言うのはちょっとはばかられるのだが、好きになった人や興味を持った人のことを、空気のように宙に浮いてずっと見つめていたい・・・という願望が私にはある(私にとって映画を観るのも、これに近い感覚だ)。
1日何をして過ごして、何を食べて、どんな本を読んで、どんな音楽を聴いて、誰とどういう会話をして、独りのときにはどんな表情をしているのか・・・。
もし私が一人の人間としてそばにいたら、その人の自然な姿を見ることはできないと思うから。
そして、その人が困っていたり、災難が近づいていたりするとき、そっと手助けできたら幸せ。
あーこれって守護霊になりたいって感じが近いかな。
もちろん、霊にならないうちからそんなことやったら、犯罪だということはよく分かっています!
でもいくら守護霊でも、すべて見られてると想像すると、恥ずかしくて悶絶しちゃうよね。

ヴィースラーは、監視対象であるドライマンやクリスタのことを好きになっちゃったんだね。
映画ラストでのヴィースラーは、本人の人生としてはどうか分からないが、ファンとして最高に報われた状態と言えるだろう・・・。

それにしても、たった20年ほど前にこのようなことが平然と行われる社会があったとは。
いや、今でも世界のあちこちでひどいことは行われているのだろうが・・・。
監視社会は既に他人事ではないと言えるかもしれないし・・・。
食堂でのシーンが印象に残っている。
若者を油断させてホーネッカー書記長をおちょくる小咄を言わせたあとに、「名前と所属を言え。どうなるか分かってるな」と脅すグルビッツ。
その場は結局ジョークで収められたものの、自由に息ができない社会の恐ろしさに背筋が寒くなった。

そんななか、職務に忠実で冷徹なシュタージ局員として人格が定まっているように思えたヴィースラーが、徐々にドライマンらを助けるように関わっていく様は、人間はいくつになっても変われるという希望を感じさせる。
ヘムプフ大臣やグルビッツのように腐りきってしまった者との違いは、新しい考えを受け入れられる感受性を持っているかどうかということだろうか。

クリスタの最期は悲しい。
愛する恋人を保身のために裏切ってしまった悲しさと、愛する恋人をそのような運命に追い込んでしまった悲しさと・・・。

善き人のためのソナタ
Das Leben der Anderen/The Lives of Others

(2006年 ドイツ)
監督/フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演/ウルリッヒ・ミューエ(ヴィースラー大尉)
   セバスチャン・コッホ(ゲオルク・ドライマン)
   マルティナ・ゲデック(クリスタ=マリア・ジーラント)
   ウルリッヒ・トゥクール(グルビッツ部長)
   トーマス・ティーメ(ヘムプフ大臣)
   フォルクマー・クライネルト(イェルスカ)

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