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善き人のためのソナタ

お気に入り度 ★★★★☆

こんな話

1984年の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)の局員であるヴィースラーは、反体制の証拠をつかむため、劇作家ドライマンとその恋人である舞台女優クリスタの生活を見張るよう命じられた。盗聴器をしかけ、徹底した監視を続けるうち、ヴィースラーはドライマンたちの世界に共鳴していく。

思ったこと

ファンだ!
これはファンの物語だ!
っていうか、ストーカーかな・・・。

変態っぽいので言うのはちょっとはばかられるのだが、好きになった人や興味を持った人のことを、空気のように宙に浮いてずっと見つめていたい・・・という願望が私にはある(私にとって映画を観るのも、これに近い感覚だ)。
1日何をして過ごして、何を食べて、どんな本を読んで、どんな音楽を聴いて、誰とどういう会話をして、独りのときにはどんな表情をしているのか・・・。
もし私が一人の人間としてそばにいたら、その人の自然な姿を見ることはできないと思うから。
そして、その人が困っていたり、災難が近づいていたりするとき、そっと手助けできたら幸せ。
あーこれって守護霊になりたいって感じが近いかな。
もちろん、霊にならないうちからそんなことやったら、犯罪だということはよく分かっています!
でもいくら守護霊でも、すべて見られてると想像すると、恥ずかしくて悶絶しちゃうよね。

ヴィースラーは、監視対象であるドライマンやクリスタのことを好きになっちゃったんだね。
映画ラストでのヴィースラーは、本人の人生としてはどうか分からないが、ファンとして最高に報われた状態と言えるだろう・・・。

それにしても、たった20年ほど前にこのようなことが平然と行われる社会があったとは。
いや、今でも世界のあちこちでひどいことは行われているのだろうが・・・。
監視社会は既に他人事ではないと言えるかもしれないし・・・。
食堂でのシーンが印象に残っている。
若者を油断させてホーネッカー書記長をおちょくる小咄を言わせたあとに、「名前と所属を言え。どうなるか分かってるな」と脅すグルビッツ。
その場は結局ジョークで収められたものの、自由に息ができない社会の恐ろしさに背筋が寒くなった。

そんななか、職務に忠実で冷徹なシュタージ局員として人格が定まっているように思えたヴィースラーが、徐々にドライマンらを助けるように関わっていく様は、人間はいくつになっても変われるという希望を感じさせる。
ヘムプフ大臣やグルビッツのように腐りきってしまった者との違いは、新しい考えを受け入れられる感受性を持っているかどうかということだろうか。

クリスタの最期は悲しい。
愛する恋人を保身のために裏切ってしまった悲しさと、愛する恋人をそのような運命に追い込んでしまった悲しさと・・・。

善き人のためのソナタ
Das Leben der Anderen/The Lives of Others

(2006年 ドイツ)
監督/フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演/ウルリッヒ・ミューエ(ヴィースラー大尉)
   セバスチャン・コッホ(ゲオルク・ドライマン)
   マルティナ・ゲデック(クリスタ=マリア・ジーラント)
   ウルリッヒ・トゥクール(グルビッツ部長)
   トーマス・ティーメ(ヘムプフ大臣)
   フォルクマー・クライネルト(イェルスカ)

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コメント

そうですね、ストーカーみたいなものかも…。
盗聴におびえるような社会は嫌です。そんなことにならないように。
TBできない場合のために、記事のURLをリンクしておきますねー。

投稿: ボー | 2008/02/05 08:32

ボーさん、こんにちは!
いつもありがとうございます!

TBは来てませんねー。
何故でしょうねー?
映画を観ていろいろ言うのは簡単だけど、自分が重要な局面に至ったとき、自らに恥じない誇りを持てる言動ができるかどうか・・・と、いつも考えてしまいます。
拷問されても友達を売らないでいられるかなー。

投稿: チヒルカ | 2008/02/05 11:09

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