バベル
お気に入り度 ★★★★☆
こんな話
モロッコの山羊飼いアブドゥラはライフルを手に入れ、ジャッカルを仕留めるようにと二人の息子に渡す。アメリカ人のリチャードとスーザンが夫婦の絆を取り戻そうとモロッコを旅行しているとき、バスの中で一発の銃弾がスーザンの肩を打ち抜く。アメリカで留守を預かっている乳母アメリアは、自分の息子の結婚式に出席するために子供たちをメキシコへ一緒に連れていく。東京に住む聾唖の女子高生チエコは、母が死んで以来、苛立ちにとらわれ、父ヤスジロウとも距離ができていた。遠く離れた場所で、3つのストーリーが交差しながら進む。
思ったこと
旧約聖書の“バベルの塔”では、神の怒りにふれた人間が、言葉をばらばらにされる。
この映画における“バベル”とは、心が通じないということ、すなわち言語、文化、国際政治、男と女、親子、社会格差、身体の障害・・・この世界で人と人の間に立ちはだかるあらゆる壁を表していると理解した。
考えてみれば、心が通じないということで悩む生き物って、人間だけなんだよね・・・。
これが“神の罰”だと言われれば、そうなのかもしれないと思える・・・。
3つのストーリーが交互に語られるのだが、登場人物が多く時間軸がずらされていることから、もっと混乱してしまうかと思いきや、かなり分かりやすかった。
ハッとする場面でカットされて次のストーリーに替わり、どうなったんだろう・・・とモヤモヤした気持ちを抱えたまま別の人たちの話に入っていき、また集中してきたらハッと切り替わって・・・という連続で、緊迫感が持続する上手い構成だったと思う。
重苦しい気分に満たされた映画だけれど、思い返してみたら取り返しのつかない悲劇は起こってない(お兄ちゃんだけ心配だけど・・・でも助かったと信じてる!)。
そして、最後に示されていたのは希望。
リチャードとスーザンのエピソードがいちばん顕著だったと思うけど、失われかけていた対話を取り戻すという可能性。
人間として生きている限り、相互の完全理解なんてあり得ないんだけど、それでも対話を求めていくのが生きていく意味なのか・・・?
菊地凛子は良かった!
チエコとして登場した瞬間から、ヒリヒリとした痛みを感じさせる。
それは聾唖という障害のせいだけでなく、自分のうちに抱えた不安や孤独をうまく抑えられず、自分でも何なのか分からないまま、声のない悲鳴をあげている感じ。
多感だった思春期の頃のそういう気持ちをまざまざと思い出して、見てるだけで涙がにじんだ。
ところで疑問に思った点がふたつ。
リチャードはなんでバスを行かせまいとしたのだろう?
止めといても役に立つわけでもなし、皆も困ってるんだから、行かせればいーじゃんと思ってたので、リチャードの嘆きに同調できなかったよ。
それから、モロッコ人一家が発見されたとき、警察は銃を撃ちまくってたけど、なんでそこまで!? 殺そうとしてたのか・・・?
あんなに撃たれたら投降もできないじゃん、と思った。
ちなみに私はガエルくんが大好きー!
かなりタイプ。
・・・と言ったら、同行の友人にヘンな目で見られた。
確かに今回の役はろくでもないヤツだったね・・・。
菊地凛子の脱ぎっぷりがスゴイと聞いていたから、どんだけだと思っていたら、それほどでもなかったなー。
・・・と言ったら、同行の友人にヘンな目で見られた。
確かに何を期待していたんだ、私?って感じですかね。
や、もっとスンゴイのかと思って・・・。
そういう部分が話題先行しちゃっているのは、ちょっと可哀想。
まあ仕方がないとも思うけど。
バベル
Babel
(2006年 アメリカ)
監督/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演/ブラッド・ピット(リチャード)
ケイト・ブランシェット(スーザン)
ブブケ・アイト・エル・カイド(ユセフ)
サイード・タルカーニ(アフメッド)
ムスタファ・ラシディ(アブドゥラ)
アブデルカデール・バラ(ハッサン)
アドリアナ・バラーザ(アメリア)
ガエル・ガルシア・ベルナル(サンチャゴ)
エル・ファニング(デビー)
ネイサン・ギャンブル(マイク)
役所広司(綿谷ヤスジロウ)
菊地凛子(綿谷チエコ)
二階堂智(真宮刑事)
村田裕子(ミツ)
公式サイト
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